インド出張での想い出(1990~)-46
1994.2.6
夕刻散歩がてらOLD TOWNの方迄1.5時間程歩く。少々疲れた。
新しく開発されたホテルの回りと異なりOLD の方は大勢の人間で溢れている。財布に気を付け乍ら進む。両替も兼ねて近くの雑貨屋でジュースを飲む。しめて6ルピー。帰りはオート力車でホテルへ戻る。
堂もインド料理を食べる気力も無くルームサービスでスープとポテトチップ、野菜カツレツを頼むも半分くらいしか食べず。旅も二週間を迎える。少々疲れてきたか。
1994.2.7
終日打ち合わせ。夜はホテル隣の中華&インド料理屋へ。ミネラルウオータ、春巻き、焼きそば、スープ、デザートのカサッタでしめて130ルピー。少々食べ過ぎか。カサッタは甘味が無くうまくなし。
1/14はバローダで大タコ大会が開かれ、大空をタコのむれが賑わすとのこと。
新聞の第一面に大きな写真あり。前の大臣がデリーの町中で靴磨きをやっている姿。罪の償いとして係る罰が与えられたとのこと。インドらしい。本人にとっては屈辱的なことだろう。明日はデリー。
1994.2.8
7:00起床。ホテルのボーイがホテルのバスは8:15出発と言っていたのに、ロピーに下りると8:30の出発と言いやがる。
自宅へ電話したところ、女房が自分のブレスレットが切れたので小生に何か起きたのではと心配していた。
Barodaは本日も快晴。朝夕は14~15度で爽やか。こちらの人間には寒過ぎる気候の様子。朝刊によると、路上で鉄屑を売っていた場所で同屑の中に混ざっていた不発弾が爆発し死者が出たとのこと。全く信じられない話だ。これがインド?
エアバスは一時間ちょっとでデリー着。外は15度にてひんやりする。人々は完全に冬着だ。Prepaid Taxiの運ちゃんは頭からマフラーをかぶり全く盗賊姿。ホテルに着くと20ルピー要求してきたので、態度が悪いと認定し" なんで払うんだ "と捨てぜりふを残しホテルへ入る。昨晩P氏の車でホテルに戻る途中花婿が馬車に乗り式場に向かっていた。彼いわく" 彼の自由も今日が最後だ"。もっとももっとも。
夕刻は同僚と通称日本料理屋と称する富士屋レストランへ行き焼き飯、焼きそば、餃子、野菜炒め、スープ、ビール三本、デザートのカサッタでしめて560ルピー。最初は日本のオバタリアンの団体で一杯で20分程待つ。帰りに待たしていたタクシーがいない。そこへどこからか寄って来る人あり。5ルピーで自転車に乗りタクシーを捜してくるとの申し出。彼に任せるとなるほどタクシーが来た。5ルピーではこちらも恐縮したので10ルピー渡す。
