インド出張での想い出(1990~)-36(台湾編)
1992.4.12~4.17
13:15に自宅を出る。日曜日で且つ花見のシーズンのせいか上野はものすごい人。15:20発のスカイライナーにて成田へ。乗客も多く、前の席のカップル(多分ハネムーンだろう)がいちゃついている。
台湾に到着後の食べ過ぎのせいか腹の具合がよくなかったが、2日程でよくなって来た。特にお奨めは、
1.高雄のKINGDOMホテルの前のおかゆ専門店。帰る日の朝散歩がてら行き、魚のフライ、インゲンの油いため、なすびの煮物をおかずに芋粥で食べて何とNT40(¥200.)。
2.台北の三六九の蒸し餃子。色々な種類があり中のスープもうまい。
4/16台北から台南行きの飛行機が台南の天候不順の為出発がいつになるか分からぬとのことあり。急遽現地のL氏の発案で台南の近くの嘉義に飛ぶこととなる。
何とこれがプロペラ。定員は45名前後であろうか。但し、空席が多く30名ほどが乗る。後で台湾の人と食事している時にこの話をしたら、何でプロペラ機に乗ったのかと聞かれる。
何と数日前に台湾でプロペラ機が海に落ちて多数死んだとのこと。一瞬体がひんやりして来る。横のLさんの顔を見ると平然としている。このやろう。
嘉義からほぼ半日車に乗りっぱなし。少々疲れた。途中高速道路で大渋滞。途中、4~5Kmにわたって直線道路が続き、中央の分離帯が通常のコンクリート又は木で作られておらずプラスチック製のパイプが何本も穴の中に立てられ、いつでも抜ける様になっている。何でこんなことをするのかと聞くと、何と非常時に高速道路が飛行機の滑走路になるとのこと。
余りにも渋滞が長いせいか何台もの車がこのプラスチックの棒をなぎ倒して隣りの反対車線に移動している。逆に走り近くのインターで降りて下の道を走るのであろう。乗用車だけだったら分かるが、何とバスもこの棒を無残に倒し反対車線に向かう。反対車線に車がどんどん来ているにも拘わらず。全く呆れてしまう。
前の運転手の年齢を聞いてびっくり。何と67才。とてもそんな風には見えない。3年前に酒もタバコも止めたとのこと。但し、今でも女は週に2回との補足あり。全く元気な老人だ。「女止めたら人間終わりよ」との発言は説得力がある。
最後の夜はCさんと食事。今迄恐ろしかった飛行機の話をしていると、彼も奥さんとアメリカのグランドキャニオンで遊覧飛行をしている時恐ろしい目に合ったとの話。乗客の一人が地上近くまで降りて写真を撮りたいとパイロットに頼み下降したところ、飛行機が上に上がらなくなり大変な目に合ったとのこと。グランドキャニオンは一種のくぼ地だから、一旦下へ降りると上がれないのはあたり前だと思うが、結局やっと上昇出来九死に一生を得たとのこと。勿論写真を頼んだ彼は、着陸後他の乗客連中に殴られたとのこと。当然だと思うが。
