インド出張での想い出(1990~)-53(ドイツ編)

1999.3.30

自宅を通常通り出て成田へ。業平橋より京成の急行で津田沼迄行き、そこから特急に乗り換える。同じ月に2回もヨーロッパに行くとは思っていなかった。先回は同僚のS君の入院という特殊事情があったが、今回は正常な出張。彼も昨日会社に奥さん連れで挨拶に来ており、取り敢えずは一安心。

親父も何とか回復基調にあり喜ばしい限りだ。久々のJAL。ところが、乗ったJL453便はスイス航空との共同運航で、機体はスイス航空。ビジネスクラスの席はがらがら。定刻12:00に成田を出て、12時間半程でチューリッヒ着。途中ロシアの上空を通るも、窓から雪に覆われた大草原が見えた。チューリッヒで約1時間の待ち合わせでデユッセル行きのSR518便に乗り1時間後到着。ホテルで同僚のS氏がロビーに待っていて、現地店の連中と隣りの日本料理屋へ。腹もそんなにへっていないので軽くつまむ。少々眠くなって来た。

1999.3.31

午前中の打ち合わせが急にキャンセルとなったので、ホテルにて休憩。9階のサウナに行き1時間程時間をつぶす。入り口は男女別々なるも、中に入ると、隣り合わせに女性用とMIX用の二つのサウナあり。と言うことは、MIXには女性も入って来る可能性ありと言うことか。淡い期待を持ったるも、誰も入って来ない。次回もっと遅くに来たいものだ。

S氏と隣りの日本館で昼食。親子丼とざるうどんを注文。ところが親子の量の多いこと。それでも全部たいらげてしまった。その後現地店に行き土産の本(小型ダンボール1箱)、カステラを手渡す。S君の件で相当世話になったので、今回は特別。特に世話になった現地店のBさんには成田で買ったハンカチセットをあげる。彼女の死んだ旦那の家族はデユッセル市内で有名なインド料理屋をしているとのことで、今度行ってみたいものだ。

午後2時半に現地店のO君の車でハーグに向かう。正式にはデンハーグと称し、車で約2.5時間のドライブ。オランダの国境迄160KMのスピードでぶっとばしたるも、国境を超えては制限速度があるので急に120KM迄落とさざるを得ない。ナンバープレートもドイツが白で、オランダが黄色であるから、警察も識別しやすいとのO君談。

ハーグに到着しホテル「カールトンアンバサダー」へ。なかなか閑静な場所にあり昔風の趣きあり。O君、S氏と歩いて中心部へ行きレストラン探し。日本人の感覚からするとおとぎの世界といった風情の建物が並ぶ。最初のパブ風の店でビールを3杯。市内はちんちん電車が走っており、狭い通路も結構スピードを上げて走っている。魅力的なレストランが並ぶが、その中のイタリア風レストランへ入る。大衆店の雰囲気で味はまあまあ。

ユーゴのコソボ問題はなかなか収拾がつかない模様。多くの難民が近隣に避難しており、罪もない一般人が一握りの政府関係者の意思で翻弄されていることに腹が立つ。TVでは娘を殺された母親のインタビューが映し出されていた。あらためて日本は平和だなと思う。

1999.4.1

いよいよ本日で4月。早いものだ。午前中打ち合わせ。今回我々のヨーロッパの顧問であるドイツ人のD氏と会ったが、ちょっと癖がありそうな人物。小生はあまり好きではない。それよりも米国の顧問であるT氏の方が好きだ。打ち合わせ後O君が市内をドライブしてくれる。有名なScheveningenのビーチで暫く散策。ローマ字風に読むと「スケベ人間」。なんとも変わった地名であろうか。ビーチにはレストラン、ホテルが立ち並び、多くの人が日光浴を楽しんでいた。ヨーロッパは未だ寒いと思っていたが、なんともいえないぽかぽか陽気。夏には無数のトップレスがビーチに並ぶとのこと。一度夏に来たいものだ。

ヨーロッパではイースターの休みが土曜から4日程続く。O君一家はニースに行くとのこと。なんともうらやましい限り。再びホテルに戻り、タクシーにてスキポール空港へ向かう。O君は車でデユッセルへ。お疲れ様。40分ほどでスキポール到着。オランダのタクシーの運ちゃんはなかなかサービスが良い。日本の運転手も見習って欲しいものだ。そう言えば、ビーチの名前が面白かった。Scheveningen と書くが、ローマ字風に読むと「スケベ人間」。世の中面白い場所があるもんだ。JALは予定通り離陸。

1999.4.2

14時に成田着。マドラス店でお世話になっているのK氏が久々に日本に来て明日帰るとのことで、今晩一緒に食事しようとの約束の為一旦会社に戻る。例の牛幸の浅草橋の新店で鉄板料理。彼はベジタリアンでなくて助かる。短いヨーロッパ出張であった。

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