インド出張での想い出(1990~)-54(米国編)-④

1999.4.17

朝5時に起床。昨日夕食を食べなかったので腹が減って来た。ロビーに下りるとレストランは6時半のオープン。ここのホテルは高い割にはサービスが今一つ。但し、レストランのお兄ちゃんは愛想がよかった。唯一の救いか。食後近くを散歩。素晴らしい快晴で、とても気持ちが良い。ウエストハイマーの大通りを横切り高級住宅街を散策。全く羨ましいとの一言。

Wさんが10時半にホテルにピックアップしてくれゴルフ場へ。全く申し分の無い天気。Wさん、上司、Cさんとプレー。プレーの成績は散々なるも楽しめた。さすがに休日である為混んでおり、途中のホールで待たされること結構あった。ボールの頭ばかり叩いていたので、最後の数ホールはボールの位置をもっと右足寄りにしたところ当り出した。でも、時既に遅し。教訓としよう。Cさんは帰ったのでホテルに戻り上司と近くの日本料理屋 「ひさこ」に行き夕食。二人で飲んで食事したるも、80ドルは少々高いのではと感じる。そう言えば、カウンターに30代くらいの日本人家族4人、子供は6歳くらいの男の子と1歳くらいの女の子がいたるも、食べているのは主人と男の子で、奥さんと女の子はほんの少々余り物を食べているといった感じ。悪く解釈してはいけないだろうが、何か不自然なものを感じた。

1999.4.18

ホテルを8時半にチェックアウトし空港へ。マイアミのトーマスに会う為10時43発のCO1854便でPort Lauderdaleへ約2時間ちょっと。着陸直前に上空よりクルーズ用の大きな船が3隻ほど停泊していた。多分にカリブ海等に行くクルーズの基地となっているのであろう。一度家族でここから船旅で出たいものだ。

空港には米国のエージェントのT氏が迎えに来てくれており、彼の車でホテルへ。空港ターミナル前で、若い女性がスカートにも拘わらず大きく足を広げて本を読んでおり、ついついそちらに目が行ってしまう。彼の運転で彼の自宅に行き打ち合わせ。マイアミでプール付きの自宅は素晴らしい。久々に彼の愛犬シルバーレデイーに会える。歓迎して向かえてくれた。

打ち合わせ後トーマスと近くのステーキハウスへ。有名な店の様で、約1時間待たされた。味はグッド。7時迄なら飲み物が1杯の料金で2杯来るとのことでビールを注文。最後にアイスクリーム迄頼んでしまった。ステーキは14オンスのリブなるもそんなに大きいとは思わなかった。3人で腹一杯飲んで食べて70ドルは安い。客はひきもきらず来るのがよく分る。

1999.4.19

朝5時半にチェックアウトし、前日頼んでいたリムジンで空港へ。早朝にも拘わらず、ヒューストン行きの飛行機は結構混んでいた。ヒューストンで1時間程休憩しシアトルに向かう便とのこと。円は118円前後をうろちょろしている。もう少し円安になることを祈る。

ヒューストンに着き、次ぎのバトンルージュ行き迄3時間程の待ち時間があったので、空港内のマリオットホテルに行き、ロビーのふかふか椅子に座り休憩。バトンルージュ迄はプロペラ機で1時間。客先の連中と打ち合わせ後例の古都で会食。7時15分発の便で再びヒューストンに戻り空港に併設のマリオットホテルに泊。古都では前回と同様に外からクローフィッシュ(ザリガニ)を大量に買い込んで食べる。シーズンなのでうまい。本日で仕事は全て終わり。明日は日本に帰れる。

1999.4.20~4.21

ホテルを8時半にチェックアウトしCO便でロサンゼルスへ。席はほぼ満席。真中の席で少々窮屈。約3時間ちょっとでロサンゼルス到着。素晴らしい天気。SQのチェックインの際期待していたビジネスへのアップグレードは出来ず。しかし、隣りに誰も来ない席を押さえてくれた。買い物をしSQのラウンジで休憩。早めにゲートに行ったところ乗客が数名しかいない。おかしいなと思ってゲート近くの時計を見ると小生の時計より1時間も前。早いはずだ。このゲートからはいつもの様に目の前で離着陸する飛行機が見れ、かなり迫力がある。

SQは余り混んでいなく楽勝。約11時間後の18時に成田着。新聞スタンドを見ると、アメリカのコロラド州の高校でライフル事件があり14名前後の高校生が殺され、他に相当数のけが人が出たとの大きな見出し。丁度入れ違いに起きた事件で、アメリカは大騒ぎの模様。何故こんなに多くのライフル事件が起きるのか不思議でならない。全米ライフル協会の力をもっと弱くする様な強硬な措置が必要と思う。

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