インド出張での想い出(1990~)-55-②
1999.5.9
朝5時半にホテルをチェックアウトし空港へ。飛行機はジェットエアーのビジネスクラス。サービスは良いが値段$380は高過ぎる。約2.5時間後デリー着。気温は朝9時半で35度。昼間は40度を越えるであろう。ホテルのマリーナホテル迄プリペイドタクシーで125ルピー。クッションが良くないので鉄板の上に乗っているような感じ。
現地提携先のスタッフR氏がホテルに来て打ち合わせ。その後同じく現地メンバーのP氏を呼び3人で昼食。R氏は会社を辞めて米国への留学を計画していたが、結局ビザが取れないのでカナダのビザを入手すべく画策中。そんな悠長なことでは駄目だと伝え、早く我が社に来る様に諭し彼も了解。夕刻日本のメンバーS氏、F氏両名がJALにてデリー着。夜は現地提携先のボスG氏の招待でクラリジットホテルで会食。昼間食べ過ぎていたので余り入らず。
G氏の息子は米国のIBMに入社し活躍していたが、突然宗教の世界に入りG氏夫婦は長く落胆した生活をしていた。その息子が最近結婚したそうなので、状況をG氏に聞いたところ、宗教活動は依然として続けているとのことにて、息子と花嫁は宗教活動で知り合ったとのこと。一旦結婚すれば最終的な聖者になることは無いとのことで、G氏も一安心と言ったところか。P氏に聞くと、彼らが属するクラスには係る傾向あるとのこと。よって、何れ元の世界に戻ること明らかとの説明。
1999.5.10
終日インドの提携先にて打ち合わせ。デリーは数日過ごしやすい日が続いているとのこと。その前は44度迄温度が上昇したとのこと。夕刻東京から出張の2名と久々に富士屋レストランへ。3人でしめて1100ルピー。明日の便は早いのでベッドへ。それにしても、このホテルのフロントは、世界の時計が掛かっていかにもインターナショナル的な雰囲気を出しているが、ふと東京の時計を見ると、全くかけ離れた時間(10時半を示すべきが時計は2時40分を指している)を指しており、つい笑ってしまう。
1999.5.11
朝3時半起床。ホテルを4時に出て空港へ。以前テロの火事で焼けたインデイアン航空のビルも新しく建てかえられ設備も新しくなっている。ところが、エレベーターは中古品であること明らか。このアンバランスがインドか。新聞では例の中国大使館のNATO軍による誤爆が相変わらず大きく取り上げられている。国内関係では、マンホールに落ちて死んだ男性の家族が当局を裁判で訴えて40万ルピーを勝ち取ったとの記事あり。彼の月給が1600ルピー(約5千円)であることから、約20年分の給料となる。
ICは2時間後ボンベイ着。気温29度。EAST ENDホテルにチェックイン後客先の連中と打ち合わせ。同社トップで親しいP氏もバローダかれ来てくれている。打ち合わせ後例の近くのベジタリアンレストランに招待され昼食。うまい。その後現地のボンベイ店に寄ったところ、インドでは考えられない設備に変身。とてもインドとは思えない豪華絢爛な事務所といったところか。
夜はF君と二人でオベロイのショッピング街で買い物をし、その後カムリンで中華料理。二人で1200ルピー。インド政界では今BJPの人気が落ち、コングレスが勢いを増しているとのこと。現有政権は第一期が13日、第二期が13ヶ月とのことで、13と言う数字が紙面を賑わしている。
