インド出張での想い出(1990~)-78-①

2001.10.15

朝方お袋と墓参りをし自宅を9時半に出発。天気は快晴。SQ989便は定刻12時50分に福岡空港を出発し5時間半後にシンガポール着。飛行機はWTCの事件のせいかガラガラ。シンガポールのチャンギ空港内もいつもと違って機関銃を持った兵隊が多く見られた。狂牛病のせいか機内食もビーフは無くポークに変わっていた。

SQのラウンジで2時間程過ごしチェンナイ行きのSQ410便のゲートへ。意外と乗客がいる。3.5時間後チェンナイ着。外は大雨。雨季に入っていることを忘れていた。Kさんの運転手が待っていてくれホテルGRT Grand Daysへ。歯の痛みが取れない。何とか旅行中悪化しません様に。

2001.10.16

朝8時にホテルをチェックアウトしホテルの車で空港へ。それにしても480ルピーは高い。トリバンドラム行きのIC931便は30分遅れで出発。ほぼ満席に近い。1時間少々でトリバンドラム着。空港でPさんが出迎えてくれた。久々に会う。彼のアレンジしてくれた車で先ず展示会、ケララ州のエンポリアムを訪問するも、余り見るもの無し。その後アーユルベーダの権威であるドクターを訪問し色々聞けて面白かった。概要は以下の通り。

 1)彼のファミリーは4代続いてアーユルベーダをやっている。

 2)兄弟5人、姉妹4人全てアーユルベーダをやっている。

 3)患者へGenuineの薬を供給している。

 4)トリバンドラムでやっている。

 5)マーケッティングはやらない。

 6)血液中に蓄積して起こるハマライト?、Pales?、フィスツラ?

 7)ススラは5000年前の手術のバイブル。

 8)病院はMedicalとSurgeryの二つの部門あり。但し、Surgeryは体を切るものでは無く、薬で外から治療するもの。

 9)英国統治時代にケララは独立した行動を取り、軍事に金を使わず医学等の文化に投資した。

10)ケララ州は1889年にアーユルベーダのカレッジを開校した。

11)ドクターの一家を中心としてブラーミンの人々がアーユルベーダの発展に寄与した。

12)空手を始めとしたマーシャルアートもアーユルベーダの発展に寄与した。つまり、患部を当てることに貢献。

13)ExtraファクターとしてSun(熱い)、Moon(冷たい)、風(Moment、時間?)あり。

14)病気は全体のバランスが崩れた時に起こる。

15)薬は野菜等を煮込んでエキスを抽出する。

16)パンジャカルマ5種類?

17)マッサージは必要な人のみに施す。

18)会議中に州政府の大臣から電話あり。

その後彼の病院でマッサージを体験することになり、オイルマッサージを受ける。歯の痛みも心持和らいだ感じがする。何とこれが全て215ルピー(約¥300)と聞き驚く。是非7日コースでやりたいものだ。最初の日は30分、その後1日当り5分づつ増やし45分?で再度30分に戻る工程とのこと。病院は24時間体制で開院して1ヶ月経過したばかり。チャンスである。滞在も出来るが外人の食事に対応出来る余地は無いとのドクター説明あり。

その後エンポリアムの女主人の家に行き歓談。ご主人は40年ほど軍部に勤務し退職後トリバンドラムに漉して来たとのこと。奥さんはデリーに相当未練があるとのこと。夫婦共に気さくで楽しい。ケララでは酒の偽物(Duplicate)が多いので注意しろと言われる。これは偽物ではないから安心しろと自慢のウイスキーをご馳走になる。主人はウイスキーのお湯割り、我々にはコーラ割りを作ってくれた。自家製のバナナチップもうかまった。婦人はインド中のHandicraftに顔がきくとのことで、今後使えそうだ。Pさんはお袋さんが住む実家に戻り、小生は彼が予約してくれたホテルShilpa Gardenへ。スイートルームを予約してくれ値段はRs1,400.昼食はトリバンドラム市内のホテルレストランで取る。それにしても南の人はよく米を食べる。山盛りのライスが直ぐに無くなってしまう。

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