インド出張での想い出(1990~)-56(米国編)-①

1999.6.12

自宅を14時過ぎに出て成田へ。SQ12便はチェックインの際アップグレードしてくれた。しかも新型で例の個室形式の椅子。なかなかよい。ラッキー。K君も小生の連れの影響でアップグレード成功。彼は出発直前に慌てて乗り込んで来た。本日も彼は会社で作業していたが、会社の5階と7階の鍵を忘れて持って来たとのこと。どうしようも無いので、アメリカに着いて会社の誰かに電話するよう伝える。

SQは快適に約9時間後ロサンゼルス到着。お昼の混んだ時間に到着の為なかなかゲートにたどりつかない。やっと飛行機を降りたるも、次ぎは例の入国審査場が異常に混んでおり、とても次ぎのマイアミ行きに間に合う状況にあらず。一部米国人用のカウンターは人が余りいないので、敢えて係官に事情を説明し並ばせてくれるよう申し出するも、例外は作りたくないのかノーとの返事。こちらも必死なので、再度しつこく頼むと顔は横を見ながら一人かと聞いてきた。もう一人いる答えると一人だけならよいとの返事。最後に何とか認めてもらい急ぎK君を呼ぶ。本当に急いでいるのか確認する為乗り継ぎの航空券を見せろと来たので見せる。

乗り継ぎのアメリカン航空のカウンターは予想通り混んでいたので、直接ゲートに行きチェックイン。色々とあるが、やはり一人の方が楽だ。4.5時間後マイアミ到着。米国のエージェントであるT氏がアレンジしてくれたリムジンの運転手が出口で小生の名前のカードを持って待っていてくれた。1時間ちょっとでホテル着。既に夜中の1時近く。日本時間では日曜日の14時。家を出て24時間、丸一日後に最初の目的地に着いたことになる。成田の書店で買った佐々淳行の「連合赤軍あさま山荘事件」はとても面白かった。印象に残った箇所は、

   1.「会すれど議せず、議すれど決せず、決すれど行わず」という日本式小田原評定は厳禁だ。

   2.最後の決死隊を選定するのに今迄自信満万の長野県警に2人選定させると、警視庁は直ぐ2人志願したのに、長野は時間が掛かり失望。

   3.本部長が現場で小便厳禁にも拘わらず尿意をもよおし機動隊1個部隊が大盾で周りを囲み何とかTVに見られず処理。

   4.牟田泰子さん救出の際、赤軍の女性兵士の可能性もあるので、先ず本人かどうか確かめさせた。

   5.「いいか、君らの隊長たちや仲間を撃った犯人たちは国が必ず裁いて極刑に処する。だから私的な制裁を禁じる。これから報道陣の前を連行するがゆっくり歩け。報道にシャッターチャンスを与えろ。              

   6.けがをした大津巡査には、小生が今住んでいる埼玉県幸手市にみつ子夫人がいる。

   7.牟田さんはドクターストップで面会出来ないのに、A紙のみ特ダネを連発。ところが、彼女のベットの下に盗聴機を仕掛けているのが発覚。A紙は何とかもみ消し工作をして表沙汰にならずに済んだ。

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