インド出張での想い出(1990~)-57(米国編)-②

1999.7.11

7時15発のコンチネンタルでニューヨークへ。客先のイタリア系B氏がニューアーク空港に出迎えてくれ、彼の車でハノーバーのホテル(ラマダイン)へ。近くで昼食を取ろうとレストランを捜すも何処も閉まっている。最後にイタリアレストランを何とか発見。味は今一つ。

夜はホテル前で、道路を横切って行かなければならない日本レストラン「HIBACHI」に行きすしその他を食す。このレストランは前来た時は「東京」の名前であったのに。夜中に頼んだファックスが来ていないので東京に電話で督促。

1999.7.12

朝方自宅に電話したところ、ファックスは無事到着したとのこと。所が、小生が待っていたファックスは何と、ファックスの1ページ目に小生の部屋番号が明確に記載されているにも拘わらず、上司の部屋に配布されていること判明。更に、彼の部屋には全く関係の無いファックスも届けられていた。ホテルのフロントに強行にクレームするも、責任回避の言葉のオンパレード。頭に来たので、客が何人かいたるも、このホテルの将来は安泰だねと捨て台詞を言って部屋に戻る。途中、4階のフロアマネージャーらしき女性がいたので再度本件説明すると、それは申し訳なかったとの返事。多少は救われた。

午後は何も無かったので、上司と近くのゴルフ場へ。何も持って来ていないので、ホテル隣のスポーツ品ショップで靴、ボール、テイーを購入。月曜にも拘わらずゴルフ場は1時間の待ち。貸しクラブを借りたるも、身分証明書を出せと来た。何も持っていないので困ったが、最後にホテルの部屋のカードで何とか許してもらえた。アメリカ人の中年女性と同じく45才前後の男性と4人でまわる。変則的な18ホールで、パー3のコースが多い。年寄りが結構多い。日本のゲートボール的感覚か。

夜はエージェントの招きで近くの中華レストランへ。彼の台湾のクラスメートが来たのでその家族、及び彼の家族と一緒にテーブルを囲む。家族的雰囲気はよいが、余りなじめず。途中で紹興酒がきいたか寝てしまった。

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