インド出張での想い出(1990~)-72(オーストラリア編)

2000.10.28

朝10時にホテルをチェックアウト。M氏が彼の車で空港迄手配してくれた。途中所長のM氏のマンションに立ち寄りM氏が降りる。彼が引き継いで住むとの由。何と家賃が交渉後で15万円/月と聞き驚く。

ジャカルタの空港は免税店がとても増えた。SQ155便は定刻に出発し1時間10分ほどでシンガポール着。次のオーストラリアのブリスベン行き迄6時間以上ある為、荷物を空港に預けて市内に出る。6時過ぎに空港に戻り自宅に電話。途中で送ったメイルの添付が読めなかったとのことで長男にWordでオープンする様教える。ブリスベンに住む旧知のインド人Rさんにも電話したところ、明日早朝にも拘わらず出迎えてくれるとの嬉しい情報。SQ235便は定刻9時15分にシンガポールを発ちブリスベンへ。この飛行機はSQ、Anzet、ルフトハンザ3社のコードシェアリングの便で結構乗客が乗って来た。

2000.10.29

早朝6時40分にブリスベン着。Rさんが空港に迎えに来てくれホテルへ。彼には出来る丈安いホテルを予約して欲しいと頼んでいたが、要求通りとても安いホテルを予約してくれた。但し、場所はブリスベンの町外れでとても不便。料金はA$73(約¥4400)と安いが、道路に面した建物で常に車が走りうるさい。Rさんには感謝するが、一泊で十分だ。10時にRさんが再びホテルに来て、彼の友人の運転でゴールドコーストへ行くことになる。1時間ほどで到着。海外線に高層のアパートが建ち並び、マイアミの様な雰囲気。12月がピークシーズンにて、未だ少ないとの由。偶然朝方パレードがあった模様にて、道が大渋滞。駐車場を探すのに一苦労。

Rさんの友人も好感の持てるインド人で、Rさんと同じくITの最先端を行く人間で23歳と若い。ゴールドコーストの繁華街にある中華レストランで昼食を取り海岸線を散策。ブリスベンに戻り明日のホテルを変えるべく市内の最も中心街にある有名なカジノに併設してある、これも由緒あるヒルトン系のコンラッドホテルに行くと予約OKとの返事。夜は3人で市内の彼らの行きつけのインド料理屋アショカへ。

最初に出て来たナンにマサラをまぶし下地にチーズを付けたのはうまかった。この国はアルコールの免許が無い店が酒を置くことは許されていないとのことなるも、客が持ち込むことはOKとのこと。何ともおおらかな制度。これをBYO(Buy Your Own)と呼ぶらしい。でも、何か飲むかと聞くのでワインと言うと、直ぐにワインが出て来た。1時間ほど外のテラスで食事し、結構食べて飲んだが1人A$15と格安な料金にしてくれた。ホテルに戻り寝るも車の騒音でなかなか眠れず。

2000.10.30

朝9時半にホテルを出てホテルをチェックアウトしコンラッドホテルに移動。建物も素晴らしいが部屋もすごくいい。これでA$195(約¥12000)は安い。1時半にRさんが迎えに来てくれコアラ、カンガルーのいるLone Pine Koala Sanctuaryへ行く。少々肌寒い。コアラを抱き写真撮影。子供達が羨ましがることであろう。結構日本人の観光客が多い。夜は例のRさんの友達も参加し中華街にある飲み屋で過ごす。

ホテルに戻りカジノへ。スロットマシンで一時期金額が53000迄行った。これは5セントマシンであるからA$2650(約16万円に相当)。但し、いつもの様にまだ勝てると信じ結局数字は12000迄ダウン。これは約3万円に相当し、疲れたので止める。ホテルに着いたのが午前3時半。出発迄3時間程しかない。

2000.10.31

2時間後の午前5時半に起床し、ホテルを6時40分にチェックアウトし空港へ。外は大雨。昨夜の結果を象徴している様だ。Rさんは11月4日よりITのマスターを得るべく最後のテストを受けるとのこと。既に最低取得すべき12科目の内9科目を取っており、残りの3科目を今回受験する。最高点は7点であり、既に取得済みの9科目で6.2点を取っているとのことで頑張っている。兄がいる米国に行く予定にて、ビザ所得の為にはマスターの取得は必至。

JAL762便は1時間ほど出発が遅れ出発。結構古い型のジャンボでエコノミー席は窮屈である。8.5時間ほどで成田着。長いフライトだ。結構疲れた。車を預けているUSAパーキングにて車をピックアウトし1時間40分で自宅着。

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